川上未映子が『春のこわいもの』で書いた逃れられないオブセッション (2/5ページ)
川上:子どもの頃から、何かの出来事が起きる前の写真なんかを見ると「この時のこの人は、まだ何も知らなかったんだな」と思うことがよくあったんです。そういう時間の捉え方やものの見方が作中に出ているのかもしれません。
――「もしその時に戻れたら、明日起きることを教えてあげるのに」というような感覚ですか?
川上:そうすることができればいいんだけれど、それはぜったいにできない、という感覚のほうが強いですよね。もう一つつけ加えると、当時「人と会わないように」とか「ステイホームで」とか、禁止事項が多くて、ワクチンもまだ目処が立っていませんでした。いろんな情報が錯綜して、これからなにがどうなっていくのか、専門家のあいだでも意見がわかれて、確かなことがなにもないような異様な雰囲気でした。そういう状況下で、現実の違いや、格差がありありとみえた。ぜんぜんみんながおなじつらさを味わっているとは思えなかった。リモートで仕事できる人と、そうでない人。パンデミックでお金を儲けた人と、仕事が消滅した人。それと同時に、普段はフタをして意識していない人間のオブセッションのようなものがせり出してきている感覚もあったんです。人それぞれが抱えている、逃れられないオブセッションです。そのなかには、お金を持っていてもいなくても、感染してもしなくても、おまえはかならず死ぬんだよ、と指を突きつけられるような事実も含まれていると思います。
たぶん、それは今のコロナ禍が終わっても変わらないように思いますし、人によってはもっと顕著になるかもしれません。その深刻さや顕在化を書くというのがこの本を書く動機としてあったように思います。
――今おっしゃった「オブセッション」というのは「あなたの鼻がもう少し高ければ」で書かれている「容姿への劣等感」や「今の自分への違和感」のようなものも当てはまるかと思います。この作品ではその対処法として美容整形に傾倒する女性が書かれていますが、なかなかに過酷な世界だなと感じました。
川上:そうですね、人によっては楽しめている人もいるけれど、そうでない人もいますよね。