川上未映子が『春のこわいもの』で書いた逃れられないオブセッション (4/5ページ)
最初の「青かける青」は短い作品ですが、手紙を書いている「私」と相手の距離が近づいたり離れたりしているような不思議な作品で、本全体の雰囲気を決定づけていますね。
川上:「青かける青」はこの本に収録されている作品の中では最後に書いたのですが、本では最初に入るイメージができていました。最後の六行の世界観をとおして、この本が始まるといいな、と願うような気持ちでした。ボリューム的にも内容的にも「娘について」は最後になりました。最初と最後が定まったら、順番は自然に決まりました。
――「淋しくなったら電話をかけて」と「ブルー・インク」はフリオ・コルタサルみたいで格好よかったです。
川上:ありがとうございます。「淋しくなったら電話をかけて」は、散文なんですけど、どこかきりっとした韻文の雰囲気で進んでいけたような気がします。二人称がもつ、独特の厳しさもありますよね。
――個人的には「ブルー・インク」が『春のこわいもの』の中で一番こわかったです。特に消えた手紙への「彼女」の執着です。自分が理解できないことに対する理由不明な他人の執着は、考えてみるとこわいです。
川上:そうそう。たまに、ぜったいに電話でしかやりとりしてくれない人がいるの(笑)。ちょっとしたことを質問しただけなんだけど、メールじゃあれなんで……って言われて、新鮮だった。この彼女も、よくわからないけど、自分の書いたものが残ることがいやな人。いろんなオブセッションがありますよね。
――記録されることへの恐怖ということでしょうか。手紙を探しに学校に忍び込んだ場面でも、かつて学校で起きたという死亡事故について「彼女」は独特な意見を持っていました。
川上:この短編では、ある出来事が起きたとして、どうやってそれを、誰がそれを、事実だったと認定するのか、みたいな話にもなっていきますよね。一人しか目撃者がいなかったら事実かどうかわからないし、複数の人々が見ていても、記録が残っていても、意見が食い違うこともある。歴史がずっと問われている問題ですよね。