川上未映子が『春のこわいもの』で書いた逃れられないオブセッション (1/5ページ)
劣等感や恐怖、過去の失敗への後悔や虚栄心。
どんな人にも、思考や行動の隅々にこびりついて、暗に人生の筋道を定めているようなオブセッションがある。それらはあまり人に言えるようなものではなく、心に秘めたままでいることも多い。自覚していないこともある。
川上未映子さんの新刊『春のこわいもの』(新潮社刊)は、何歳になっても、人生の状況が変わっても、決して逃れられない個人的なオブセッションを様々な人の視点から書いた作品集だ。今回は川上さんにインタビュー。この本で書いた「こわいもの」について語っていただいた。
■川上未映子が『春のこわいもの』で書いた逃れられないオブセッション――『春のこわいもの』はさまざまな人々の日常を書いた作品集ですが、タイトルの通りどの作品にも不気味さや不穏さがあります。なかでも「コロナ禍」をうかがわせる描写がこの本全体にうっすらと影を落としている印象だったのですが、この作品のスタートとしてはパンデミックがあったのでしょうか?
川上:作中では「コロナ」という言葉を使わずに「感染症」と書いているんですけど、感染症って、たとえば地震のような自然災害とは違いますよね。始まりも終わりもはっきりとはわからないし、場所も特定できません。それでも全員が当事者になる可能性があるという状況です。
ただ、今回の本ではそういう状況そのものよりも、わたしは「前の日」と呼んでいるんですけど、今の毎日を一変させてしまうような出来事が起こる直前のこと、明日起きる大きな出来事をまだ知らなかった時の状況を書きたいという気持ちがありました。
――たしかに、この本から感じる不穏さは感染症が流行しているというよりは、感染症がこれからやってくる不穏さです。
川上:そうですね。まだみんなそこまで現実としてとらえきれていない、ちょっと他人事だと思っている雰囲気です。
――まさに「前の日」ですね。