徳川家康の健康オタクぶりに驚愕!食事・運動・薬学まで…まるで管理栄養士 (4/4ページ)

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愛知県岡崎市の徳川家康像

自分に身近な大名と疎遠な大名をより分け、後者は外様として反乱を起こしにくいようにして、二度と「下剋上」の殺し合いが起きないように創り上げられた江戸時代。それは、家康が自分の身体のみならず、日本そのものの「健康管理体制」をしっかり敷いたおかげだったのです。

ちなみに、これは余談ですが、徳川幕府の三代将軍・家光の死因は、当時「江戸わずらい」と呼ばれていた脚気(かっけ)でした。これは白米の食べ過ぎによる栄養不足が原因で起きるもので、もしも家康の健康法が後世にきちんと引き継がれていたら、彼ももっと長生きしていたかも知れません。

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