トランスヒューマニズム・超人間主義 科学は不死を実現するか (2/3ページ)

心に残る家族葬

しかしその背後にはキリスト教の思想が見え隠れする。キリスト教は死を拒否する宗教だからだ。イエス・キリストは人類唯一の「復活」した人物であり「死を滅ぼした」とされる。

しかしもはや現代人は聖書の説く神の存在や死後の世界を信じることはできない。そのような人達にとって死は「無」である。唯物論者、無神論者という響きにはクールなものが感じられるが、神や死後生は信じられないけれど、無になるのは怖い人もいる。信仰の厚い人もいざとなればどうなるかわからない。彼らは考える。死後の世界が無いなら死ななければよいのだ。我々には科学があるというわけである。

■未来に託す「宗教」

トランスヒューマニズムの提示する世界はサイボーグ化を超え、精神そのものにまで拡大する。脳の情報を完全にコピーしてコンピューターに移植することで不死が実現するというのである。しかしそれは本当に自分と言えるのか。まったく自分と同じクローンが目の前にいるとして、こっちがいるから自分は死んでも構わないなどと思えるだろうか。

それでも数理物理学者 フランク・ティプラーは、精神転送の可能性を未来人に託す。ティプラーは遠い未来、我々の意識データは復旧され「復活」すると予測する。究極レベルの知性にまで到達した未来の知性は、宇宙の全生命のシミュレーションを実行し、超未来におけるスーパーコンピューター内において我々は復活するという。また、クライオニクス(人体冷凍保存技術)を実行している人たちもいる。しかし現在の技術では遠い未来に解凍されて復活できるかは未知数だ。これは賭けである。結局は「信じる」ことに尽きる。

現代はもちろん近未来に至っても不死の実現は難しいと思われる。仮に遠い未来に不死が実現するとしても、現代でトランスヒューマニズムを唱える人たちは確実に死ぬ。精神転送にしろクライオニクスにしろ、未来に託して死ぬことになる。つまり未来への信仰である。キリスト教には「死者の復活」の概念がある。トランスヒューマニズムも形を変えた、ある意味宗教であるといえるだろう。

■最後に…

科学による不死の実現は神への冒涜、人間の傲慢だろうか。しかし人間は明らかに他の動物とは異なるのも確かだ。

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