愉快だけど、キレると怖い?北条一族の魔手から家名を守り抜いた鎌倉武士・三浦家村【後編】 (6/6ページ)

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宝治の壊滅より数百年の歳月を経た戦国時代、三浦正重(まさしげ)が土井利昌(どい としまさ)の娘を娶り、やがて徳川家康(とくがわ いえやす)に仕えます。その子・三浦正次(まさつぐ)は徳川秀忠(ひでただ)に仕え、いっとき三浦から土井に苗字を改めましたが、やはり伝統ある家名を絶やしてはなるまいと再び三浦姓に戻しました。

正次は大名に昇格し、明治維新を迎えるまで三浦の家名を守り抜いたのです。家村の子孫たちは令和の現代も生きており、その誇りを受け継いでいます。

【完】

※参考文献:

細川重男『頼朝の武士団 鎌倉殿・御家人たちと本拠地「鎌倉」』朝日新書、2021年11月 細川重男『宝治合戦 北条得宗家と三浦一族の最終戦争』朝日新書、2022年8月 中塚栄次郎『寛政重脩諸家譜 第三輯』國民圖書、1923年2月 霞会館華族家系大成編輯委員会『平成新修旧華族家系大成』霞会館、1996年11月

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