坂東武者の鑑・畠山重忠(中川大志)を射止めた愛甲季隆とは何者だったのか【鎌倉殿の13人】 (2/7ページ)
今回は愛甲季隆のエピソードを紹介します。
下河辺行平と弓射の腕前を競う愛甲季隆は武蔵七党の一つ・横山党に属する山口季兼(やまぐち すえかね)の子として誕生しました。
通称は三郎、兄に愛甲小太郎義久(こたろうよしひさ)。相模国愛甲郡愛甲荘(現:神奈川県)を治めたことから愛甲と称すようになります。
源頼朝(演:大泉洋)に仕えた正確な時期は不明ながら、『吾妻鏡』では挙兵から間もない治承4年(1180年)12月20日に初登場。
於新造御亭。三浦介義澄献垸飯。其後有御弓始。此事兼雖無其沙汰。公長兩息爲殊達者之由。被聞食之間。令試件藝給。以酒宴次。於當座被仰云々。
射手
一番 下河邊庄司行平 愛甲三郎季隆
二番 橘太公忠 橘次公成
三番 和田太郎義盛 工藤小二郎行光
今日御行始之儀。入御藤九郎盛長甘繩之家。盛長奉御馬一疋。佐々木三郎盛綱引之云々。※『吾妻鏡』治承4年(1180年)12月20日条
この日は鎌倉に御所が出来たお祝いとして、三浦義澄(演:佐藤B作)がホストとなって椀飯を振舞いました。