坂東武者の鑑・畠山重忠(中川大志)を射止めた愛甲季隆とは何者だったのか【鎌倉殿の13人】 (4/7ページ)
稲毛重成)らと共に成績優秀の褒美(染めた革や絹など)を賜りました。
名前が連ねられた順番から、どうも下河辺行平には一歩譲ってしまうようですが、まだまだこれから。もう一つ行きましょう。
武衛令出由井浦給。壯士等各施弓馬之藝。先有牛追物等。下河邊庄司〔爲御合手〕。榛谷四郎。和田太郎。同次郎。三浦十郎。愛甲三郎。爲射手。次以股解沓。差長八尺串。召愛甲三郎令射給。五度射之。皆莫不中。而武衛令打彼馬跡与的下給之處。其中間爲八杖也。仍積此杖數。可定相廣之馬場之由被仰出。其後有盃酌之儀。興宴移尅。及晩。加藤次景廉於座席絶入。諸人騒集。佐々木三郎盛綱持來大幕。纏景廉懷持退去。則歸宿所加療養。依此事。止御酒宴令歸給云々。
※『吾妻鏡』寿永元年(1182年)6月7日条
また牛追物ですが、今回はその後に趣向を変えて股解沓(ももぬきぐつ。乗馬用の深めブーツ)を八尺(約2.4メートル)の杭に引っ掛け、これを季隆に射させたところ全射的中(5回すべて外れなし)。腕の確かさを改めて見せつけたのでした。
(そもそも、ここに名前が連ねられる時点で相応に実力が認められているはずです)
富士の巻狩で、頼家の初獲物をナイスアシストさて、そんな具合に弓の名手として評判を高めた愛甲季隆にとって、大きな見せ場の一つとなったのが富士の巻狩り。
頼朝が自慢の嫡男・万寿(演:金子大地。源頼家)をお披露目する一大イベントで、万寿が初めて鹿を射止めたナイスアシスト賞に輝くのです。
(大河ドラマでは、万寿が一矢も当たらず「いつか自分の手で仕留めてみせる」と悔しい展開でしたが、実際にはちゃんと自力で鹿を射止めました)
富士野御狩之間。將軍家督若君始令射鹿給。愛甲三郎季隆本自存物達故實之上。折節候近々。殊勝追合之間。忽有此飲羽云々。尤可及優賞之由。將軍家以大友左近將監能直。内々被感仰季隆云々……
※『吾妻鏡』建久4年(1193年)5月16日条
「若君、ようございますか。