そんなに嫌?鎌倉御家人・北条通時(義時の孫)が仕事サボりたさに並べた言い訳がコチラ (5/6ページ)
免許あるべきのよし、仰せ出(い)ださると云々……」
要するに「まったく屁理屈ばっかりゴネおって……もうよい、そなたには頼まん。随兵のあてなら他にもおる!」と言ったところ。
こうしてめでたく?随兵のお役目を逃れ、ゴネ得を勝ち取った通時。ですが、その場はよくても今後の人事評価がボロボロになりそうで怖いですね。
終わりに……と通時も思ったのかどうか、いざ本番の8月15日には駿河五郎通時の名前がしっかり記録されていました。
……後陣随兵
駿河五郎通時 武藏八郎頼直
遠江十郎左衛門尉頼連 武石三郎左衛門尉朝胤
小野寺新左衛門尉行通 隱岐三郎左衛門尉行景
大曽祢太郎左衛門尉 小田左衛門尉時知
土肥左衛門尉 完戸二郎左衛門尉家氏
河越次郎經重 出羽七郎左衛門尉行頼……※『吾妻鏡』弘長元年(1261年)8月15日条
これは流石の通時も申し訳ないと思って「すいません、何か急に体調がよくなりました!」と心を入れ替えたのか、あるいは「やっぱり人が足りない!引きずってでも連れて来い!」となったのでしょうか。
「装束がなかったんで、借りてきたよ」「安心しろ、それがしもだ」とりあえず人数が揃えばとりあえず体裁だけは整うものである(イメージ)
もしかしたら「とりあえず書類上の体面だけは整えておこう」と勤務実態と異なる記述をした可能性もなくはありません(何だかお役所仕事ですね)。