雷、粟、岩…バリエーション豊富な日本最古のお菓子「おこし」の歴史を辿る【前編】 (1/3ページ)

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雷、粟、岩…バリエーション豊富な日本最古のお菓子「おこし」の歴史を辿る【前編】

「おこし」の起源は弥生時代?

和菓子の「おこし」と言えば「雷おこし」が有名ですが、実は大阪の「岩おこし」「粟おこし」などもあります。

おこし

そもそも「おこし」とは、蒸して乾燥させた米や粟を水飴や砂糖で固めたもので、日本最古のお菓子とも言われています。

弥生時代の遺跡からは、米を蒸して乾燥させた「糒(ほしいい)」が出土しており、これがおこしの起源とも考えられています。

また、『日本書紀』中の「神武天皇の祝詞(のりと)」には、豊作祈願として糒を蜜で固めたものを神に捧げたことが記述されています。

また現在のおこしの原型となったのは、平安時代に遣唐使によって持ち込まれた唐菓子のひとつ「粔籹(きょじゅ)」とも言われています。

粔籹の製法は、当時の百科事典である『倭名類聚抄』にも記されています。

神前にも捧げられた

他にも『延喜式』でには神前に供えたと記録されており、『古今著聞集』には公卿の藤原忠通が正月に口にしたとあります。

当時、おこしは「おこしごめ」と呼ばれており、平安貴族にも珍重されていました。口元にあてて握り砕いたところで、衣の上にぱらぱらとふりかかったのを払う様子が優雅だと言われていたようです(やや理解に苦しみますが)。

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