いつ誰が考えた?小野小町はいかにして「世界三大美人」の一人となったか。その経緯を追う【前編】 (4/4ページ)
クレオパトラ7世頭部(紀元前40年頃、ベルリン美術館蔵・Wikipediaより)
つまり、小野小町が「美しい」女性だと言われていた平安時代と、近代以降に彼女が「美しい」と言われるようになった近代以降とでは、見る側の感性も全く違っていたということです。
平安時代と今の美人の基準は違うとひと言で言ってしまえば簡単なのですが、その基準にも歴史的な経緯があるんですね。
【後編】では、やや哲学的な話も絡めながらさらに解説していきます。
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