公暁は「くぎょう」じゃないの?大河ドラマで「こうぎょう」と読むのはこんな理由【鎌倉殿の13人】 (2/3ページ)
各文献に書かれた公暁のルビ
公暁を「くぎょう(くげう)」と読むことが判るのは江戸時代、寛永版『吾妻鏡』や『新編鎌倉志』にルビが振られました。
これに対して鎌倉時代『承久軍物語』では「こうきょう」、江戸の天明年間『承久兵物語』では「こうきやう」と読まれています。
また公暁の法号は、師匠である公胤(こういん)と貞暁(じょうぎょう/ていぎょう)からそれぞれ一文字ずつもらったのでしょう。
※貞暁は亡き源頼朝(演:大泉洋)の隠し子ではなく、鶴岡八幡宮寺の第3代別当・定暁(じょうぎょう/ていぎょう)と考えられます。
公胤は「こういん」とルビが振られていることから、弟子の公暁もそれに倣って「こう」と呼んだ可能性が高そうです。
だから公暁は「こうぎょう」である……というのが大河ドラマ制作当局の見解なのでしょう。
その内、パソコンで「こうぎょう」と打って公暁に変換できるようになる日も近いかも知れませんね。
終わりにさて、親の仇である実朝(と憎き北条義時……と入れ替わっていた源仲章)を討ち果たした公暁。実朝の首級を抱えながら隠れ家へ逃げ込み、首級を抱えたまんま食事をしたと言います。凄まじい絵面ですね。
「これで俺が鎌倉殿だ。