死者に花を手向けてきた人類 死と花と人のこれまでの歩みとは

心に残る家族葬

死者に花を手向けてきた人類 死と花と人のこれまでの歩みとは

死者に花を手向ける習慣は世界中でなされている。この最古の例として、イスラエル北部にあるカルメン山洞窟で、約1200万年前の墓地に花や茎の痕跡が発見された。花で飾られた墓は4基並び、その内2つは埋葬されていた。成人男性と性別不明の若者と断定された。1万5000年前~1万1600年前の中石器時代、現在のイスラエル・ヨルダン・レバノン・シリアで栄えたナトゥーフ文化の時代に生きた人々だったといわれる。

また、さらに古い時代の7万年前のネアンデルタール人が栄えた中期旧石器時代にもシャニダール遺跡(イラク)の洞窟内で死者と共にキンポウゲやノボロギクの花粉が発見されている。遥かな祖先に、現代にも通じる心情の芽生えがあったのであろう。

■釈迦の死に花を手向ける動物達

2500年前、釈迦は2月15日にインド・クシナガラの沙羅双樹の林の中で入滅をした。その様子を描いた“涅槃図”には釈迦の死を嘆き悲しむ弟子・多くの人々が描かれている。それは、人間だけでなく自然や動物たちも含まれる。8本の沙羅双樹のうち4本は泣き枯れたように白茶むけた色になっている。また、描かれている象やイタチ、水牛に鹿達も鼻や口に花を携えている。偉大なる釈迦の死をあり得ない表現をすることでその死があり得ないことだと強調しているのであろう。

「大地は一時に振動し、天鼓(てんく)は自然に鳴り響き、須弥山はにわかに揺るぎだした。天地いっぱいに嘆きの声が満ちた」と伝えられている。

■死者を思う想い

文字もなく、宗教もなく、ヒトが動物的な暮らしをしていた旧石器時代。倒れていった仲間に対し、そっと花を手向けた。その気持ちは何故か容易に想像ができる。それは“人を思う気持ち”が現代の我々と同じだからであろう。現代よりも死が身近にある時代。過酷な環境を生き延びるためにヒトは集団を作った。集団には強い絆が必要だった。絆を深めることでお互いの生命を保っていた。その仲間の死は大きな悲しみと喪失感をもたらしただろう。彼らはその死に対する悼みを、花の美しさで和らげていたのではないか。花は飾ることで美しく鑑賞になる。また、死者に手向けることで悼みを和らげる緩衝になる。心というものはいつの時代も変わらず、繋がっているのではないかと思う。それは、ヒトと人だけではなく、動物やひいては自然そのものと繋がっているのかもしれない。人類の死の歴史と共に花がある。それは花が心を癒すからであろう。

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