宗家の座を巡って徳川家康に敵対した、もう1つの松平家当主・松平昌久とは?【どうする家康】 (1/3ページ)

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宗家の座を巡って徳川家康に敵対した、もう1つの松平家当主・松平昌久とは?【どうする家康】

徳川家康にとって人生3度の危機の1つである三河一向一揆。この一揆に乗じて、家康に敵対したもう1つの松平家当主がいました。その人物は松平昌久(まつだいら-まさひさ)で、大草松平家4代目当主を務めていました。

そのような人物が、何を理由に家康に立ちはだかったのか気になりますよね。

そこで今回は、家康に立ちはだかった松平昌久の生い立ちと大草松平家について紹介します。

ちなみに、2023年1月8日に放映予定の大河ドラマ『どうする家康』で、お笑いトリオ東京03の角田晃広さんが松平昌久を演じることが決定されています。

大草松平家の誕生

松平昌久は、大草松平家3代目当主・松平昌安を父に持ちます。

また大草松平家は、元は岡崎城を居城としたため、岡崎松平家を名乗っていました。しかし、昌安の代で家康の祖父・松平清康に属城の山中城を攻略されます。

松平清康/Wikipediaより

その際に岡崎城を明け渡し、自身の娘を清康に嫁がせました。その後に昌安は大草城に移ったので、大草松平家を名乗りました。

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