「鎌倉殿の13人」ばかにするな!坂東武者を奮起させた尼将軍の怒り。第47回放送「ある朝敵、ある演説」振り返り (3/10ページ)
光季はこれを察知して命令を拒否、畏れ多くも朝廷の命に背く以上、死ぬ覚悟(と徹底抗戦の備え)を固めていたと考えるのが自然でしょう。
うかうかと討たれてしまった印象を受ける光季の名誉を守るため、書き添えておきます。
伊賀光季の覚悟・京都守護の重責一方の鎌倉では、上皇挙兵≒光季討死の報に動揺が走りました。
のえ「兄を見殺しにしたのですか!」
二階堂行政「婿殿(義時)は、こうなると分かっていた(攻め殺されることを百も承知で光季を京都守護にした)のか!」
兄・光季を喪い、義時に猛抗議する“のえ(演:菊池凛子。伊賀氏)”と祖父の二階堂行政(演:野仲イサオ)。何も答えない義時の非情さが際立つ場面ながら、これはいささかスジ違いではないでしょうか。
見殺しも何も、5月15日に京都で勃発した事件が、最速で伝わったのが4日後の5月19日。現代のようにメールや電話で連絡を取り合っていた(現地の状況を把握できていた)訳でもなし、義時だって寝耳に水のはずです。
そもそも京都守護職とは何でしょうか。一日警察署長じゃあるまいし、いざ有事になれば一命に代えても治安維持の任務をまっとうする責任があります。つまり「こうなることも常に想定しておくべき」立場です。