「鎌倉殿の13人」ばかにするな!坂東武者を奮起させた尼将軍の怒り。第47回放送「ある朝敵、ある演説」振り返り (4/10ページ)
また、光季が京都守護として上洛したのは承久元年(1219年)。誰が「2年後に攻め込まれる」なんて予測できるのでしょうか。“のえ”さんなら出来るのでしょうか。
予測できないからこそ、光季も常に備えていた筈です。そうでなければ、藤原秀康(演:星智也)や三浦胤義(演:岸田タツヤ)の大軍を相手に善戦などできなかったでしょう。
そんな光季だからこそ、義時は彼を京都守護に抜擢したのでした。都合のよい時はやれ出世だ何だと喜びながら、いざ討死して逆恨みするのは、やはりスジ違いと言わざるを得ません。
とは言え、義時も兄を喪った悲しみは理解できように、あの邪険な態度では怨みを買うのも無理もないでしょう。できれば光季と“のえ”兄妹の絆をはぐくむシーンを挟んでおくとよかったかと思います。
自分さえ犠牲になれば…ナルシズムに血迷う義時「義時の首を差し出せば兵を収める≒赦してやる(意訳)」
そんな院宣に対して、あっさり首を差し出そうとする義時。自分一人のために鎌倉を灰にする訳にはいかない、自分さえ犠牲になれば鎌倉が救われる。きっとそんな思いだったのでしょう。
だがちょっと待って欲しい。