庶民に寄り添い親しまれている観音さまこと観音菩薩と観音経 (2/2ページ)

心に残る家族葬

地獄道に聖観音、餓鬼道には千手観音という具合に、観音さまは輪廻のあらゆる世界に相応しい姿となり、自在に対応してそれぞれに転生した者の魂を救うのである。三蔵法師玄奘(602〜664)は観音菩薩を「観自在菩薩」と訳しているが、自由自在に浄土と穢土を行き来し、その時に応じた姿に変えて衆生を救ってくれる様子が表現されている。

■霊験あらたかな「観音経」

「観音経」は観音菩薩の功徳を説く経典である。独立した経典ではなく諸経の王と言われた「法華経」に含まれている。法華経は48章から成り立っていて観音経は25章にあたり「妙法蓮華経観世音菩薩普門品第二十五」というタイトルが付いている。「品」とは「章」のことで、「普門」とは広い門。狭き門ではなく、あらゆる方向から入ることのできる「普く」(あまねく)広き門という意味で、難解とされる法華経の普及版の役割を担っている。そうした役割を法華経に登場する様々な如来や菩薩ではなく、観音が担っているのも、学の無い衆生に寄り添う優しさ故ではないだろうか。

そうしたこともあってか観音経は法華経の一部であることを超え、庶民の間で非常に親しまれてきた。「般若心経」に次ぐ人気があるといえる。般若心経がそうであったように観音経も霊験あらたかなお経だとされ、人々はそのご利益に授かろうとした。観音経を読誦すればどのような災難も逃れることができると言われ、般若心経がそうであるように観音経にも様々な不思議譚が伝わっている。

■延命十句観音経

「延命十句観音経」はわずか42字から成る経文。読誦すれば病は平癒し、寿命は延びるという。起源は諸説あるが、日本では臨済宗の白隠慧鶴(1686 〜1769)が「延命十句観音経霊験記」を著し読誦を勧めた。それには重篤の病人が治癒した話から、死者が復活した話まで記されている。正統な仏教経典ではない偽経であることは確実とされているものの、庶民にとってお経の真偽などはどうでもよいことである。白隠禅師は観音菩薩の優れた救いの力を、高尚な悟りの教えに匹敵するほど重要なものだと考えた。観音経は臨済宗、曹洞宗などの葬儀でよくあげられる。禅宗にとって葬儀とは死者を悟りに導く場であり、白隠禅師は観音経を通じて悟りと救いを一体にしたといえる。

■衆生に寄り添う観音さま

観音経も延命十句観音経も観音像の前で唱えればさらに良いとされる。こうして観音菩薩を祀る寺院、お堂、霊場などは全国に広まり、まさに観音は観音の意思通り、娑婆の隅々にまで降り立った。現代でも自分が悟ることより衆生を救う道を選んだ慈悲の菩薩、観音さま、観音像は人々に親しまれている。

■参考資料

鎌田茂雄「観音経講話」講談社(1991)

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