【初詣】『マツコの知らない世界』『スクール革命!』で超沸騰!!「神社ソムリエ」佐々木優太がオススメする 「令和5年に行くべき神社」【中国・四国編】 (3/5ページ)
木は根っこからしか水が吸えないので、人間でいうと口をずっと塞がれながら体をベタベタ触られているようなもの。それでは、パワーがもらえるはずないですよね。
だから、旅先では平気で木に触らないで欲しいと思っています。伊曽乃神社の場合、御神木のクスノキは動きをすごく感じますが、それは虹と同じで離れた場所から見て、感じとれるものです。虹は離れた場所で見るときれいですが、近くに行きすぎると見えませんよね。
■「木の話」は人間関係にもフィードバックできる
虹を見るのと同じで、木からいただけるあやかりは拝めただけで素晴らしいので、触らなくてもいいんです。それは、木に「好きだよ」と言いながら、結果的に傷つけて元気を奪っていることにつながってしまいます。
そして、きっとそれは人間関係にもフィードバックできるでしょう。
「好きだよ」と言いながら、奪っている可能性がないか。「本当に好きなら、その人が元気よく生きていけるために何ができるか?」を考えて接している人は、好意を抱かれます。そうすることで、あなたにも運が巡ってきます。求めるのではなく、人に良いことをしてこそ、あなたにも運が巡ってくる。それを、伊曽乃神社の木から学べると思います。
■神社から「withコロナ時代」のヒントももらうことができる
最後に、withコロナ時代のヒントをもらえるのが神社である、というお話を。
新型コロナウイルスが流行する前は、神社でお参りする際には、みんな何も疑問に思わず昔からの礼儀に倣って普通に手や口を清めていましたよね。手などをきれいにしてから参拝するというのがルールだったんです。
そして、話が変わるように感じられるかもしれませんが、神社は、他の宗教とは違い「良いか悪いか」では判断しないんです。宗教では「あなたしか信じませんよ」と契約を結んで、行ないが悪いと罰があたる。でも、神社の場合は、「良いか悪いか」ではなく「きれいか、そうじゃないか」で判断するんです。だから「清い」とか「ケガレ」という言葉を使う。
これがなぜなのか、コロナ禍になってから気付きました。