【初詣】『マツコの知らない世界』『スクール革命!』で超沸騰!!「神社ソムリエ」佐々木優太がオススメする 「令和5年に行くべき神社」【中国・四国編】 (4/5ページ)
神社は、「人間と疫病」との戦いの場だったんですよ。神社は、昔から人々にとってのパブリックスペースでした。神様は偶像がなくて目に見えないものなので、「パブリックスペースで人が何をするか?」に価値があった。
そして、昔の人はずっと疫病との闘いだったから、パブリックスペースに入る前に手や口を洗う重要性を知っていたんですよ。コロナ禍でのアルコール消毒と同じです。「疫病を持ってるかもしれないから、手と口を洗って(殺菌)から入ってね」というのをルールにしていたんです。
また、日本でのあいさつは握手ではなくお辞儀ですよね。これも、昔から日本人は、実は「ソーシャルディスタンス」をとっていた、と言えるんですよ。
■「穢れ」とは「汚れ」でも「悪」でもない
くわえて、神社には「忌(いみ)」という言葉があります。仏教でいう「喪に服す」とか「○回忌」に近い意味合いの言葉ですね。
これは「○親等の人が亡くなった場合、○日間は家から出てはいけない」というもので、神社にも上がってはいけない。
ただこれも、
「同居人が亡くなったなら、あなたも疫病を持っているかもしれない。だから、しばらくパブリックスペースに来ないでね」
というルールだったと考えられます。現代でいう「濃厚接触者」ですね。
そして、そうした疫病を神社では「穢れ(けがれ)」といいますが、「穢れ」とは「汚れ」でも「悪」でもありません。「いつもではない」ということなんです。「いつものあなたじゃない状態=気が枯れている=気枯れ」ということです。「いつもの状態じゃないから、パブリックスペースに来るのは控えましょうね」という意味なんですよ。
こうした神社の話を、僕はむしろコロナ禍になってからよく分かったんです。
ということは、神社参拝を続けていくことで、きっとwithコロナの過ごし方もさらに分かってくるんじゃないかな、と思っています。
令和5年は癸卯。