わたしたちが知らないスーホの白い馬の真実と当時のモンゴル (4/8ページ)

心に残る家族葬

競馬大会が催されたのが、前者ではチベット仏教寺院で、後者では町。白馬を奪われた悲しみを前者は描写していないが、後者では詳細に描いた。ラストの、馬頭琴ができあがった後、前者では主人公がそれを演奏するたびに殿様(「王爺」と表される)への憎しみがよみがえってくると記されているが、後者にはそれよりも、白馬と過ごした楽しい思い出。そして悲しげな、しかし人の心を打つ音色が強調されている…などがある。

塞野が聞いた、旅芸人の歌物語そのものがどんなものだったのかは不明だが、『馬頭琴』はかなり「改変」「削除」「添加」が行われ、中国共産主義的「思想」や「キーワード」、「メッセージ」が込められていると、内モンゴル自治区出身のミンガド・ボラグ(1974〜)は、指摘する。

例えば主人公の名前・スーホこと「蘇和」はモンゴル語の「スフ」〔sūke〕の当て字で、中国語のウェード式の発音が「スーホ」になるという。そして「スフ」の意味は「斧」。「斧」や「鎌(かま)」「金づち」は、かつてのソビエト連邦などの社会主義/共産主義国家の国旗や党旗における、重要なシンボルだ。つまりそれらは、支配階級に搾取され、痛めつけられた民衆の犠牲。そして社会主義/共産主義の下に団結・抵抗する「血」を表す赤地に、労働者や農民たちが日常的に使う道具であることから、彼らの団結・抵抗の力を表現するものとして描かれてきた。このことから、主人公の名前が「斧」を意味する「スーホ(スフ)」だったことは、支配階級に搾取されてきた弱い民が、社会主義/共産主義の下に団結・抵抗することの象徴だと考えられるという。

また舞台は、現在の内モンゴルに位置するチャハル草原だが、チャハル草原周辺には、我々がよく知る『スーホの白い馬』に類する民話・昔話・伝説は存在しない。しかも『馬頭琴』における「王爺」、『スーホ』における「支配階級」を表象する「お殿さま」に充当する者は、塞野の採集当時のモンゴル遊牧民社会には存在していなかった。

そして「馬と共に生きてきた」遊牧民だからこそ、馬の「扱い」をよく知っている。仲良く遊ぶばかりでなく、「厳しい」しつけも含めて、「大切」に育ててきた。

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