「どうする家康」ついに覚醒?した元康、堂々の岡崎入り!第2回放送「兎と狼」振り返り (2/7ページ)
ではなぜ「実は卯年(だけど、表向きは強そうで縁起のよい寅年)」なんて設定を持ち出したのかと言えば、後に当の家康自身が慶長8年(1603年)付の願文に「六十一歳癸卯(みずのとのう)」と書いたことがあるため。
癸卯と言えば天文12年(1543年)、家康も神仏の前では本当の生年を打ち明けたのだろう、とする説が採用されたようです。
やれ武神の生まれ変わり(寅年生まれ)と強がってはいるけど、実は子兎のように臆病者……そういう演出でした。
ただ、弱々しく見える兎にも特性を活かした戦い方(生き抜き方)があるし、そういうしたたかさが戦国武将たちから愛されてきたことも忘れてはなりません。
ちなみに寅の刻とは午前4:00ごろ。12月から1月であれば、まだ夜も明けず真っ暗なはず。
寅の年はともかくとして、寅の日(26日)や寅の刻を謳うのであれば、その辺りの演出も抜かりなくお願いしたかったところです(「最初から、すべて嘘の設定だった」というのはさすがにどうかと思ってしまいます)。
さらに余談ながら、生まれて間もない竹千代のお披露目で「がおーがおー」とはしゃいでいた於大の方。さすがに出産直後ではないでしょうが、産後数週間以内であんなに元気な経産婦を見たことがないため、少し面食らってしまいました。
それと、父・松平広忠(演:飯田基裕)の影が薄いのもちょっと残念。その後に竹千代を待ち受ける運命とのギャップを引き立てるため「(家臣たちへの報告もそこそこに)父と母が竹千代に夢中、両親から惜しみない愛情が注がれた」演出が欲しかったと思います。
元康の首を狙う大草松平家について大高城を出て、自分一人でも駿府へ帰ろうとしていた元康の元へ駆けつけた松平昌久(演:角田晃広)。
彼ら大草松平家は、これまで何度も元康たちの家(安祥松平家)に反抗し、裏切り続けてきました。