「どうする家康」ついに覚醒?した元康、堂々の岡崎入り!第2回放送「兎と狼」振り返り (3/7ページ)

Japaaan

岡崎城。かつては大草松平家の居城だったのを、祖父・松平清康が奪取した経緯がある(イメージ)

かつて父・松平昌安(まさやす)が岡崎城を家康の祖父・松平清康(きよやす)に引き渡させられた過去もあり、何としてでも松平宗家の座を奪うべく元康の首を狙います。

いくら「今は松平同士でいがみ合うている場合ではない」とは言え、信じるに足る相手でないことは言うまでもありません。

平伏した向こうから鉄砲で一斉射撃。画面的には映えますが、果たしてそれだけの挺数と弾薬を揃えられたのか……そこはロマン重視、時代考証がどうとかそんな野暮は言いっこなしです(あくまでフィクションとして楽しみましょう)。

ちなみにこの昌久について『寛政重脩諸家譜』ではこう書いてありました。

某 七郎

永禄六年一向専修の門徒叛きまいらせし時、七郎も東條の吉良義昭にくみし、大草の手のものを率ゐて東條城にこもる。七年二月義昭没落して近江国にのがるヽに及び、七郎もまた逐電す。

※『寛政重脩諸家譜』巻第二十六 清和源氏(義家流)松平 大草

やがて勃発した三河一向一揆(永禄6・1563年)のドサクサで吉良義昭(きら よしあき)と共に叛旗を翻したものの、翌年に敗れて逃亡。そのまま行方不明となっています。

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