「どうする家康」ついに覚醒?した元康、堂々の岡崎入り!第2回放送「兎と狼」振り返り (5/7ページ)
其ひまに御退陣あるべしとて敵軍に駈入、つゐに安城畷にをいてうち死す……
※『寛政重脩諸家譜』巻第六百八十一 藤原氏(兼通流)本多
本多忠豊は天文14年(1545年)、安祥城の合戦において敗走する松平広忠を逃がすため殿軍を務め、織田信秀(演:藤岡弘、)の大軍に立ち向かって討死しました。
……十八年三月十九日あかつきより織田信廣が籠れる安城の城をかこむ。忠高先登して、すでに乗入むとするのとき、城兵前島傳次郎某が矢に当て死す。年二十二……
※『寛政重脩諸家譜』巻第六百八十一 藤原氏(兼通流)本多
本多忠高は天文18年(1549年)3月19日、またしても安祥城を攻めた時、一番乗りを果たしました。が、敵の前島傳次郎(まえしま でんじろう)に射殺されてしまったと言います。
【大河ドラマ/史料の違い】
忠勝の祖父・本多忠豊
清康を守るために討死した/広忠を守るために討死した忠勝の父・本多忠高
広忠を守るために討死した/単に討死した
しかし細部の違いこそあれ、父祖代々にわたり懸命の忠義を尽くしたことは確か。
幼い頃から育ててくれた叔父の本多忠真(演:波岡一喜)ともども、これからの大活躍に期待です。
厭離穢土欣求浄土について菩提寺である大樹寺へ逃げ込み、一時は父祖の墓前で自害を考えた元康。
厭離穢土欣求浄土(おんりえど ごんぐじょうど)。
穢れた土すなわち俗世を厭(いと)い離れ、浄(きよ)らかな土すなわち極楽を欣(よろこ)び求めよ。