北条政子が「尼将軍」と呼ばれたのはいつからなのか?【鎌倉殿の13人 こぼれ話】 (3/3ページ)
亡き北条時政の娘で、源頼家・源実朝の母。尼将軍と呼ばれた。
この「號尼将軍」が「尼将軍と(自ら)号した」のか、あるいは「尼将軍と(人々から)号された」のかは解釈が分かれるところ。しかし先に述べたとおり、ここは「号された」と解釈するのが自然でしょう。
終わりに鎌倉殿の不在を支え、御家人たちに君臨した北条政子。その姿は名実ともに「尼将軍」だったようです。
果たして生前からそう囁かれていたのか(まさか自分で名乗ったのか)、今後の究明が俟たれますね。
※参考文献:
東京大学史料編纂所『大日本史料 第五編之二』東京大学出版会 東京大学史料編纂所『大日本史料 第五編之四』東京大学出版会日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan