すわっ、乱心か!?家康の命を救った「鬼作左」本多重次のエピソード【どうする家康】 (1/3ページ)
皆さんは具合が悪くなった時、積極的に医師のアドバイスを受ける方ですか?あるいは自己流のノウハウで何とかしたい方ですか?
かの徳川家康(とくがわ いえやす)は大の医者嫌いとして有名で、一服盛られることを心配して、薬の調合まで自分でやっていたと言います。
しかし昔から「餅は餅屋」と言うように、何事につけプロフェッショナルが存在するのは、自己流では限界があるからです。
それでも頑として医者にだけはかかろうとしない家康。病状はどんどん悪化の一途をたどり、このままでは命を落としかねません。
何とか家康に治療を受けさせるよう説得を試みる家臣たち……今回はそんな一人、本多重次(ほんだ しげつぐ。作左衛門)のエピソードを紹介したいと思います。果たして彼は、どんな手を使ったのでしょうか。
鬼作左、捨て身の一手「……御屋形様、どうしても治療を受けられませぬか?」
時は天正13年(1585年)3月、腫物をこじらせた家康の枕元で、作左衛門は詰め寄ります。
「無論じゃ。医者にかかるくらいなら、死んだ方がましじゃ!」
たいそう苦しみながら家康は答えました。