徳川家康の三大黒歴史・三方ヶ原の”失禁”は本当か?『改正三河後風土記』によると……【どうする家康】 (1/3ページ)

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徳川家康の三大黒歴史・三方ヶ原の”失禁”は本当か?『改正三河後風土記』によると……【どうする家康】

徳川家康(演:松本潤)の三大黒歴史と言えば諸説あると思いますが、多くの方が「信長の圧力に屈して妻子処刑」と「三方ヶ原での失禁」を挙げるのではないでしょうか。

今回は元亀3年(1572年)12月22日、遠州三方ヶ原(静岡県浜松市)で武田信玄(演:阿部寛)の大軍に惨敗した家康が、命からがら逃げのびたエピソードを紹介。

徳川家康「しかみ像」。自分の命も危うかろうに、生き延びることを想定してこんなものを描かせるとは、大した余裕である。

あまりの恐ろしさで失禁してしまったとのことで、家康が後の戒めとして自分のみっともない姿をあえて描かせた「しかみ像(顰像。徳川家康三方ヶ原戦役画像)」が有名ですね。

果たしてこのエピソードは本当なのでしょうか。

「御馬の鞍壺には……」

家康が三方ヶ原で敗れ、失禁したというエピソードは『徳川実紀(江戸幕府の公式記録)』『三河物語(大久保忠教の著作)』『家忠日記(松平家忠の日記)』などを見ても記されていません。

しかしそのヒントになったと思しき記述が『改正三河後風土記』にありました。

……原書に大久保忠佐神君浜松へ御帰城の時御馬の鞍壺に糞があるべきぞ糞をたれて迯給ひたりと罵りたるよしを記すこの日雄出馬なけれハ迯給ふ事有べきにあらず是皆妄説之故に刪り去りぬ……

※『改正三河後風土記 上』巻十三「遠州一言坂の事」

【意訳】原書(『三河後風土記』)には、大久保忠佐(おおくぼ ただすけ)が、家康が浜松城へ戻ったとき「御馬の鞍壺(くらつぼ。座面)に糞がついているはずだ。

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