もう「姫若子」とは呼ばせない!初陣で覚醒した戦国大名・長宗我部元親の武勇伝 (3/6ページ)
大将というものは、真っ先に敵へ攻めかかるべきか、それとも後から行くものだろうか(偖大将ハ先へ懸ル哉後ニ行哉)」
「大将たる者は軽々しく前へ出ず、かつ敵を恐れて逃げることなきよう、どっしりと構えねばなりませぬ(大将ハ不懸不迯物也)」
「うむ。よう解ったぞ!」
……これが元親18歳の初陣、後世「永濱の合戦」と伝わる戦さでのエピソードでした。
武勇を奮い、潮江城を攻略一 元親公永濱ヱ御着舩ノ時秦泉寺豊後ト申物出合若殿ハ何トしテ御越候哉沙汰ノ限ニテ候ト申元親公被仰ケルハ又一念ニ掛けタル戦場ニ頓死スル條不及是非元親父ノ爲教養敵ト死ヲ共ニセン維然末鑓ノ突様ヲ不知教玉へト仰ラレケレハ其時豊後申様敵ノ眼ヲ突給ヘト申眼ヲ突ハツス時ハト仰ラレケレハ豊後重而申ハ眼ヲ突心持ニテ突ト申ケル元親仰ニハ偖大将ハ先へ懸ル哉後ニ行哉ト守玉ノ此時豊後申ハ大将ハ不懸不迯物也ト申シ元親得心し玉ケリ其比十八歳也弥三郎元親ト申時永濱初陳也
※『長元物語』より
こうして槍の使い方と大将の心構えを伝授された長宗我部元親。しかし程なく戦闘が再開されると、元親は秦泉寺豊後の教えを忘れたのか、槍を奮って敵中に殴り込んでしまいます。
味方300騎に対して敵は1,000騎。劣勢の中で闘志に火がついた元親は、たちまち敵2名を突き殺し、さらに太刀を抜いて1名を斬りました。
やがて元親らは70余りもの首級を上げ、その勢いに怯んだ敵方が兵を退きます。
「よし、このまま潮江の城(うしおえ。