大河ドラマではどう描かれる?徳川家康の最期を『葉隠』はこう伝えた【どうする家康】 (2/4ページ)
※『葉隠聞書』第十巻
「……我が亡骸には甲冑を着せよ」
家康は死後も徳川家の天下を鎮護せんと、そう遺言しました。更には4月13日に愛用の陣刀をもって罪人を斬らせ、その血を拭わぬまま遺体と共に祀るよう命じました。
「わしは天下を平らげ、もはや東国に不安はないが、西国はいまだ心もとない」
そこで血に濡れた刀の鋩(きっさき。穂先)を西の方角へ向けるよう指示。刀を手に持つよう配置すれば、家康の足も自然と西国へ向くことになります。
もし西国で何かあれば、化けて出て叛徒らをことごとく斬り捨て、踏みにじらんとする執念を感じずにはいられません。
一二〇 権現様御臨終の時分、半弓を御取りなされ、御平臥ながら矢を御つがひ、天井をはつしと御射通し、そのまゝ御息絶え候由。天下取に御なり候事は、末期の一箭にありと申し傳へ候由。
※『葉隠聞書』第十巻
「……弓を持て」
いよいよ息も引き取らんという危篤状態に、家康は一体何を言い出すのでしょうか。ともあれ弓矢を用意すると、家康は自ら弓に矢をつがえました。
もはや起き上がることも出来ない中、残された力を振り絞って矢を射放つと、みごと天井を射抜いたそうです。