アルコールいろいろ~函館からの何かしら~ パティソン事件編 (1/2ページ)
今回は早速《パティソン事件》について語りたいと思います。
たぶん、この事件が長いスコッチ業界の歴史の中で一番の出来事だったのでは?と思っております。
19世紀後半までスコッチ業界は景気が良かったようです、1870年代にワイン業界を襲ったフィロキセラの影響でブランデーも作れなくなり、その隙間を埋めるように《ブレンデッドウイスキー》のブランドが多数できたのもこの時期と重なります。
そのブランドの中に《パティソンズ社》も在りました。
1886年ロバートとウォルターのパティソン兄弟が設立した会社で、基は乳製品の卸業だったようです。
翌年の1887年にブレンディング業者としてウイスキー業界に参入します、事業は非常に上手くいき、2年後には上場しております。
1896年に本格的にブレンディング会社を設立し、《オーバン》《オルトモア》をフルで、《グレンファークラス》を半分傘下に治めています、・・・が、実は自分たちでバブルを作っていただけでした。
お酒を作る→原酒保有数を担保に融資を受ける→他から原酒を買い集める→原酒保有数を担保に融資を受ける→他から原酒を・・・以降無限ループ。
その結果、同社の株が急落し一気に不良債権化からの倒産の流れに見事乗っかってしまいました、結果としてパティソン兄弟は詐欺と横領で逮捕されてしまいます。
この会社が販売していたウイスキーは安いウイスキーに上等な物を少しだけ混ぜた粗悪品で、これがまたかなり売れたようで(笑)莫大な利益を上げていたようです。
ラベルには《fine old glenlivet》と表記されてましたが誇大表記もいいところ、消費者のそっぽを向かれてしまいました。当たり前ですが。
これが引き金となり、ウイスキー業界自体が不信感を抱かれる様になりました。
パティソン社のバブル崩壊はウイスキー業界のバブル崩壊へと雪崩れ込む結果となり中小の蒸留所は軒並み倒産、休業に。
その後20世紀に入っても第一次世界大戦やアメリカの禁酒法、世界大恐慌、第二次世界大戦など逆風の中の経営となりました。
話しによると1932年には《グレンリヴェット》と《グレングラント》しか操業していなかったとか。