どうせ死ぬなら父の手で……武士道バイブル『葉隠』が伝える、我が子の首をはねた森門兵衛のエピソード (2/2ページ)
つまり武士としての対面は守られているものの、実態は不名誉な切腹を言います。
終わりに
たとえ命を捨ててでも、どうしても相手が許せず喧嘩になった。その喧嘩に勝って相手を斬り倒し、きちんと止めも刺し遂げた。
法を犯して死罪になろうと、武士としての名誉はまっとうした我が子を、門兵衛は父として誇らしく思ったことでしょう。
しかし、それを証明することは、すなわち死ぬこと。生きながら誇りを守り抜くことが難しい、太平の世ならではの悩みでした。
「どんなにみっともなかろうと、いかなる恥を忍んでも、愛する我が子には生きていて欲しかった」
武士はナメられたら最後、弱音を吐いたら淘汰される戦国乱世の名残が、江戸時代にはなおも息づいていたようです。
※参考文献:
古川哲史ら校訂『葉隠 下』岩波文庫、1941年9月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan