「一方的な援助ではなく持てる力を交換する生活を書きたかった」津村記久子さんインタビュー(1) (1/4ページ)
母親とその再婚相手への反発から、家を出た18歳の姉と8歳の妹。世捨て人のように生きてきた若い男。
津村記久子さんの新作『水車小屋のネネ』(毎日新聞出版刊)は、さまざまな事情から水車小屋のある街にたどりついた人々が、地元の人々に支えられ、そして自分にできることで恩返しをしながらその土地に根を張り、少しずつ自分の人生を切り拓いていく物語。劇的な変化もなければ、価値観を揺さぶるような出会いもない。しかし、そこには人間にとって必要な心の交流がある。
この物語がいかにして構想され、書き上げられたのか。津村さんにお話をうかがった。
■「水車」と「ヨウム」 2つのキーワードから始まった大長編――じわりと心が温まるような、背中をさすられるような小説でした。昨年の七月まで一年ほど夕刊に連載されていた作品ですが、書きはじめのアイデアはどのようなものだったのでしょうか。
津村:「一年間で750枚書いてください」ということをまず言われて、心配だったのが途中で書くのに飽きてしまうんじゃないかということでした。何を書いていても「もう嫌や…」となる瞬間がくるので。
そうならないように自分の好きなものについて書こう、と。私は賢い動物が好きで、なかでもヨウムについてはいつか小説で書いてみたいと思っていました。ヨウムは人間が話す言葉を覚えて話すのですが、年老いたヨウムが生涯で覚えた言葉をランダムに話し始めて、その言葉を覚えたシチュエーションがどんなものだったのか、という小説を前々から考えていたりもしましたし。
それと「水車」も好きで、水車についての本を読んだり見に行ったりしていたので、この2つが入った小説なら書けるだろうと思ったのが最初ですね。
――都心部にいると水車を見かけることはありませんが、少し離れるとあったりしますよね。
津村:私が見に行ったのは中山道の宿場町だった岐阜県の馬籠や、奈良と大阪の県境の生駒です。辻小谷というところなのですが、山の上の方に製薬に使っている水車があるんです。