セ・リーグ3連覇へ!高津ヤクルト 「強さ」の秘密…Ⅴ9戦士、西武の頭脳、野村の教え子が激白!プロ野球12球団「常勝無敗の黄金時代」舞台裏 (4/6ページ)
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落合博満
当時の選手たちからは反発もあったと思いますよ。その厳しさは森さんにも通じるけどね」(同)
だが、その指導は優勝という結果となって現れ、同時に年俸や待遇も変化した。
2位オリックスに12ゲーム差もつけて優勝を飾った90年、秋山幸二、清原和博、デストラーデの“AKD砲”は全員、35本塁打以上、90打点以上をあげる大活躍。清原は高卒3年目にして当時、史上最速の1億円プレーヤーとなった。
「優勝すれば、年俸は上がり、待遇もよくなる。多くの選手が、そこで“優勝とは、こんなにいいものか”と気がついた。となれば次は“こんなにいいものを他人に譲ってなるものか”。そんな思いがチーム内競争という好循環を生む」(同)
■ホークスが“パの盟主”として君臨
こうした西武のノウハウを踏襲したのが、2000年代以降、“パの盟主”として君臨するホークスだ。
その西武から根本氏を招聘したのがダイエー時代のオーナー、中内㓛氏。その志を継承したソフトバンク・孫正義氏も、ともに“金は出しても、口は出さない”という堤スタイルを貫徹してきたオーナーだ。
「本当に強いチームを作ろうと思うなら、豊富な資金力を持つオーナーと、それを運用するフロント、そのフロントが整えた戦力を使う監督の三者がそろってこそ。そういう意味で孫さん、王さんがいるソフトバンクが強いのは当然だね」(同)
ちなみに、ダイエーでも選手獲得に豪腕を振るった根本氏は、1993年から2年間だけ監督も兼任した。
これが、初優勝まで11年もの歳月を要したダイエーの“常勝”構築を遅らせた、と伊原氏が続ける。
「田淵(幸一)さんの3年目は、僕らも“いやらしいチームになってきた”という印象でね。