家康をはじめ戦国武将は泣いてばかり?武士たちの男泣きエピソード3選【どうする家康】 (3/5ページ)

Japaaan

北条政子の演説に感激する御家人たち……『吾妻鏡』より

北条政子。菊池容斎筆

「みな心を一つに奉るべし。これ最期のことばなり……」

鎌倉幕府存亡の危機(承久の乱)に臨んで、尼将軍・北条政子(ほうじょう まさこ)が御家人たちを奮い立たせた演説は有名ですね。

思い出しなさい。かつて源頼朝(みなもとの よりとも)が鎌倉に武家政権を樹立するまで、あなたがた武士たちはどんな暮らしを強いられていたか。

犬よ地下人(じげにん)よと蔑まれ、厳しい務めと惨めな待遇に喘いでいたところを、大手を振って歩けるようになったのを。

この山より高く、海より深き御恩を忘れたら、あなたがたはまた公家どもの犬に成り下がってしまうのです。

「戦うぞ!我らの鎌倉を守り抜き、源家三代の御恩に報いるのだ!」

奮い立った御家人たちは感涙にむせび返事も出来ないほどでした。

……群參之士悉應命。且溺涙申返報不委。只輕命思酬恩。寔是忠臣見國危。此謂歟。……

※『吾妻鏡』承久3年(1221年)5月19日条

【意訳】集まっていた御家人たちは政子の演説に感激するあまり、涙に溺れてまともに返事さえできなかった。でも、我らが鎌倉を守るため、一命を顧みず戦う意志だけはハッキリと伝わってくる。古来「忠臣は国の危機にこそ現れる」と言うが、まさにこのことであろう。

御家人たちの涙は、まさに頼朝公の御恩や苦しい境遇を耐え抜きながら死んで行った先達のために流されたのでした。

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