「どうする家康」おんな城主瀬名、望月千代と直接対決!?第20回放送「岡崎クーデター」振り返り (4/10ページ)
大岡弥四郎の謀叛について
五徳のリクエスト?により、鋸引きの刑に処された弥四郎(イメージ)藤田新太郎編「徳川幕府刑事図譜」より
信康と瀬名を殺して岡崎城を乗っ取り、勝頼に明け渡そうと企んでいた大岡弥四郎。こちらも『徳川実紀』を読んでみましょう。
……よて弥四郎をばめし囚て獄につなぎ。その家財を籍収せしむるにをよび。弥四郎が甲斐国と交通する所の書翰を得たり。その書の趣は。此度弥四郎が親友小谷甚左衛門。倉地平左衛門。山田八蔵等弥四郎と一味し勝頼の出馬をすゝめ。勝頼設楽郡築手まで打ていで先鋒を岡崎にすゝめば。弥四郎 徳川殿といつはり岡崎の城門を開かしめ。その勢を引き入れ 三郎殿を害し奉り。その上にて城中に籠りし三遠両国の人質をとり置なば。三遠の者どもみな味方とならん。