渦中の城を守った武将!!「長篠の戦い」の発端となった長篠城を守備した奥平信昌の生涯を紹介【どうする家康】 (3/4ページ)
勃発!!長篠の戦い
武田軍の制止を振り切り必死に叫ぶ鳥居強右衛門(真ん中)/Wikipediaより
天正3年(1575)、勝頼は遠江と三河を奪うべく侵攻を開始。信昌が城主を務める、対武田の最前線・長篠城を包囲しました。この時、勝頼は1万5000を率いたのに対し、城を守る兵士は500人と寡兵でした。
それでも周囲を谷川に囲まれた地形や200丁の火縄銃のおかげで持ちこたえていましたが、兵糧庫を焼かれたことで危機的状況に陥ります。
事態を重く見た信昌は、援軍要請の使者として自ら志願した鳥居強右衛門を家康の元へ派遣。強右衛門のおかげで奮戦できた信昌たちは、織田・徳川連合軍が救援に来るまでなんとか持ちこたえました。
長篠の戦いに勝利した信昌は、戦いぶりを称賛された信長から「信」の一字を貰い、貞昌から「信昌」に改名します。また、家康からは名刀・大般若長光を授かりました。