今が旬!さくらんぼの歴史を紐解く…山形県で生まれた革命的品種「佐藤錦」とは? (2/3ページ)

Japaaan

明治11年には同市に外来種の試験場も設置されました(ちなみに寒河江市は、現在も山形県の有力なさくらんぼ産地のひとつです)。

特に山形県でさくらんぼの生産が盛んになり、他の地域ではそれほどでもなかったのはなぜでしょうか。

なぜ山形県なのか

実は、山形県以外の地域では、さくらんぼがうまく育たず、農作物としては定着しませんでした。主な原因は霜害・梅雨・台風被害などです。どうやら山形県は、その面で気象や土壌の条件がさくらんぼ栽培に適していたようです。

さくらんぼはとてもデリケートなので、今でも霜や突風、多雨などには農家も注意を払っています。さくらんぼが同県を代表する農作物になったのは、品種開発や雨よけ栽培などの管理技術がきちんと確立されたからでもあります。

最近はやまがた紅王などの新品種も誕生していますが、革命的にさくらんぼの価値を高めたのは、同県東根市の農家・佐藤栄助によって開発された「佐藤錦」です。

革命的だった「佐藤錦」

佐藤栄介は、日持ちはよくないが味のよいさくらんぼの品種・黄玉と、酸味は多いが固くて日持ちのよい品種・ナポレオンをかけ合わせ、大正11年に初めて新しい木に実をならせます。

そして複数ある中から原木を一本に絞り、風味・日持ちともによい品質のさくらんぼ品種を発明したのでした。

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