この首級は男か女か?「高天神城の戦い」で徳川家康が伝授した見分け方とは【どうする家康】 (3/4ページ)

Japaaan

後でこの首級の主は時田鶴千代(ときた つるちよ)、高天神城主である栗田刑部丞がこよなく愛した小姓と判明。

「流石は殿のご慧眼じゃ……」

家臣たちは口々に家康を賞賛したということです。

主君と鑑賞した幸若舞

……高天神の城責られし時。城中より幸若與三大夫が御陣中に供奉せしよし聞て。今は城兵の命けふ明日を期しがたし。哀れ願くは大夫が一さし承りて。此世の思出にせむといひ出ければ。   君にもやさしき者共の願よなとおぼしめし。大夫を召して。そが望にまかすべし。かゝる時は哀なる曲こそよけれと宣へば。大夫城際近く進みよりたかたちをうたひ出でたり。城兵みな堀際によりあつまり。城将の栗田刑部丞も櫓に昇り。一同に耳を傾け感涙を流してきゝ居たり。さて舞さしければ。城中より茜の羽織着たる武者一騎出きて。その頃関東にて佐竹大ほうといふ紙十帖に。厚板の織物指添等とりそへて大夫に引たり。……

※『東照宮御実紀附録』巻三

なお、この鶴千代は討死前夜にも登場しています。

徳川軍中に幸若舞の名手である与三大夫(よさんだゆう)がいることを知り、高天神城の将兵らは「この世の思い出に、せめて幸若舞を一指しご披露願いたい」とせがみました。

これを聞いた家康は「気の毒だから、見せてやれ。演目は哀しみを表したものがよかろうか」と与三大夫に許可します。

さっそく与三大夫は城のすぐそばまで進み寄り、「高舘(たかだち)」を演じました。これは源義経(みなもとの よしつね)と忠臣たちの最期を描いたものです。

「この首級は男か女か?「高天神城の戦い」で徳川家康が伝授した見分け方とは【どうする家康】」のページです。デイリーニュースオンラインは、栗田刑部丞時田鶴千代与三大夫岡部元信どうする家康カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る