サポテカ文明の伝説の冥界への入口を発見か?地下迷宮の痕跡を発見(メキシコ) (3/6ページ)

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ブルゴア神父の書物『Geographica Descripcion』のタイトルページ(1674年) / image credit:The ARX Project・ミトラ遺跡の地下神殿にあるとされる冥界の入口
 スペイン兵やキリスト教宣教師たちは、1520年代からこの渓谷に到着し始め、何人かがミトラ遺跡について言及している。

 当然のことながら、彼らは、地下神殿を悪霊とそのしもべどもが住む場所と考えた。

 ブルゴアの記述は、サポテカの高僧が生者と死者の宮殿をどのように使用したかを詳しく述べていて、遺跡のモザイクと巧みな建築様式に驚嘆している。

 そして、地上に4つの部屋とその地下に4つの部屋があることを具体的に書いている。

 ブルゴアによれば、地下の最初の部屋は礼拝堂で、2番目の部屋は、高僧の墓、3つ目の部屋は、王が豪華な副葬品と共に埋葬された場所だという。

 4つ目の部屋には、奥に石板の扉があり、"暗く不気味な空間"へとつながっているという。「彼らは、この扉から戦いで死んだ君主や族長の遺体を投げ捨てた」という。

 とくに"熱心な高位聖職者たち"は、道に迷わないよう、火を灯した松明を持ち、ロープをたどって、地下の構造物を探検しようとしたようだ。そして、腐敗、悪臭、有毒な爬虫類などの恐怖に遭遇した。

 探検者たちは再び地上に戻ってくると、地獄への裏口と考えた場所に壁を築いた。

 1553年、大司教はミトラを破壊するよう命令し、石のブロックや瓦礫は、さまざまなスペインのカトリック教会を建てるのに使われた。

 中でももっとも注目されるのは、冥界のすぐ上に建てられたサン・パブロ教会だ。

 その後、1834年から1960年にかけて、現代の探検家たちが、ミトラの廃墟への道を次々と発見した。
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