「どうする家康」まさか、本当にやっちまった!?第27回放送「安土城の決闘」振り返り (5/10ページ)
五月十九日 安土御山於惣見寺 幸若八郎九郎大夫ニ舞をまハせ次之日ハ四座之内ハ不珍丹波猿楽梅若大夫ニ能をさせ 家康公被召列候衆今度道中辛労を忘申様尓見物させ申さるへき旨 上意ニ而御桟敷之内 近衛殿 信長公 家康公 穴山梅雪……
※『信長公記』巻之下 ○巻之十五(天正十年壬午) (二十七)幸若大夫梅若大夫事
大河ツアーズにも出てきた惣見寺で、二人に幸若舞を披露したのは八郎九郎大夫(はちろうくろうだゆう)。信長が大好きな家康をもてなすために呼んだのでしょうから、さぞ当代随一の名手と思われます。
そもそも幸若舞(こうわかまい)って何?という方向けに説明すると、室町時代から安土桃山時代に流行した芸能の一つで、神仏縁起や軍記物語をテーマとされました。
演者は大夫(だゆう)・シテ・ワキの三名と伴奏は鼓一人のみ。それぞれが節回しを分担し、動きは歩き回ったり、足で拍子をとる程度です。
現代人の感覚ではやや退屈かも知れませんが、当時の武士たちは派手な演出よりも英雄たちの精神に共感することで、幸若舞を楽しんでいたのでしょう。
機会に恵まれたら、是非とも鑑賞したいですね!
信長少年が読んでいた中国古典『韓非子』
劇中で吉法師(きっぽうし。信長少年)が何やら勉強していたシーン。中国の古典『韓非子(かんぴし)』を音読していましたね。
魯穆公使衆公子或宦於晉、或宦於荊。
犁鉏曰、假人於越而救溺子、越人雖善遊、子必不生矣。