「どうする家康」まさか、本当にやっちまった!?第27回放送「安土城の決闘」振り返り (8/10ページ)
一去程尓 平手中務丞上総介信長公實目尓無御座様体をくやみ守立て無験候ヘハ存命候ても無詮事と申候て腹を切相果候
※『信長公記』巻之上
【意訳】政秀は信長の教育を間違ったを悔やみ「これ以上は守り立てられず、命を永らえても意味がない」と切腹して果てた。
通説では「信長の大うつけぶりを諫めるために命を捨てた」という美談が有名ですが、『信長公記』によれば政秀の長男・平手五郎右衛門(ごろうゑもん。平手久秀か)の愛馬を信長が横取りしようとして、断られた逆恨みと言います。
あるいは劇中の通り、幼少期からずっとスパルタ教育という名のいじめを受けて来た報復だったのかも知れませんね。
その他、ツッコミまとめ
本作ではすっかり空気だが、実際には信長から家督を譲られていた織田信忠。彼が生きている限り、家康に天下を奪い取る望みは薄そう(画像:Wikipedia)
(1)酒井忠次(演:大森南朋)が「この3年間、信長を殺すことだけが生きる支えだった」なんて言っていますが、本作の信長は「瀬名と信康を殺せ」とは言っていません。
信長はむしろ瀬名と信康の処分を家康に一任していますし、更には「築山の謀」の総責任者となった家康は一切お咎めなし。こんな寛大すぎる処分に対して、逆恨みもいいところでは?
(2)光秀はなぜ「何も細工はしていません」なんて家康たちの前で言ってしまったのか。ドジにもほどがあります。