オーストラリアの生活を捨てて社長に。責任を背負いがちだった女性が「海外の働き方」を活かして目指したリーダー像 (2/6ページ)
■留学を経験するも、やりたいことが見つからず……自分探しに注力した学生時代
Q.1 幼少期はどんな性格でしたか?
色々なことに興味がある、アクティブな子どもだったと思います。習い事をたくさんやらせてもらったのですが、当時一般的だったピアノや習字、そろばんの他に、冬のオリンピックを見たことをきっかけに、スケートを習わせてもらった時もありました。けれどその後、夏のオリンピックを見てアーティスティックスイミングにも憧れてしまい、途中から両親に「よく考えてから始めろ」と注意されるようになりました。
Q.2 どのようなご家庭で育ちましたか?
父は厳しい人で、したいことがあるなら「なぜやりたいのか」を説明して、納得させてみろというタイプでした。それに対して母は、興味を持ったことはなんでもやってみたらいいと言ってくれる人だったので、幼い頃は母に父を説得してもらって、何か挑戦させてもらうことが多かったです。
Q.3 思春期は学校でどんな存在でしたか?
自分から手を挙げるわけではないのですが、自然と前で話すような役割を与えられることが多かったです。中でも人生のターニングポイントとなったのが、14歳の時に英語の先生に勧められて始めた、英語スピーチコンテストでの経験です。英語が得意だったわけではないのに、勧められてなんとなく始めたのですが、実際にネイティブの先生に英語を教えていただいて英語に強い興味を持ったため、留学が経験できる国際コースの高校を目指しました。
Q.4 留学の経験はありますか?
高校生の時に1年間、オーストラリアに留学しました。初めてのホームステイ先ではなかなかNOが言えず、食べすぎで8キロも太ってしまい、その時はじめて「自分の意見をきちんと言えるようにならないといけない」と感じました。
また、オーストラリアは多民族国家で、いい意味で固定概念のない国なので、生徒たちは学校でも自分が学びたい教科を自然と選択していきます。