オーストラリアの生活を捨てて社長に。責任を背負いがちだった女性が「海外の働き方」を活かして目指したリーダー像 (3/6ページ)
そこで私も「自分が将来何をしたいのか」を深く考えなければと感じるようになっていきました。
Q.5 学生時代に注力したことは?
留学中には「自分が何をしたいのか」の答えが出ず、大学時代は自分探しに時間を費やしました。大学も英語が学べる学科を選択したので、アルバイトで塾講師として英語を教えてみたりもしたのですが、将来的に長く続ける仕事としてはしっくり来ませんでした。
英語以外にファッションやジュエリーにも興味があったので、時計やジュエリーを販売したり、リフォームしたりする店舗でアルバイトもしました。そこで、現在の仕事にも通ずる、時計に関する深い知識や経験を養わせてもらいました。
■一度は諦めた宝飾業界にリーダーとして再帰。立場が変わったからこそ、働き方も再考
Q.6 就職先はどのように決めましたか?
宝飾店でのアルバイトが楽しかったので、個人的にはそのまま宝飾業界に進みたかったのですが、両親の意見もあり、まずは営業の経験を積むことにしました。高校から英語を学ばせてくれた両親のためにも、英語を使って仕事をしようと考え、最初は海外営業のできるメーカーへ就職しました。
最初に入った会社はマーケティングに力を入れておらず、上司に直談判するも上手く受け入れてもらえなかったこともあり、マーケティングを活用できる会社へ転職することにしました。2社目の海外ソフトウェアメーカーでは、マーケティングを駆使しながら海外製品を日本に卸す経験を積むことができました。
Q.7 リーダー職に就いたきっかけはなんでしたか?
結婚を機にオーストラリアに移住し、3社目のソフトウェアメーカーで「Chrono24」の社長と知り合いました。最初は、事業の日本参入を手伝うコンサルとしてジョインしていたのですが、社長に誘われてアジア本部の社長に就任することになりました。外資企業の日本でのブランド育成に興味がありましたし、一度は諦めた宝飾関係の仕事に関われることもまた運命と考え、気に入っていたオーストラリア生活に幕を引き、今のキャリアをスタートしました。