「どうする家康」三成の挙兵と茶々の陰謀、そして高笑う神の君…第41回放送「逆襲の三成」振り返り (5/9ページ)
まったく付き合いきれませんよね……ねぇ?」
「いや、だから上洛しないなんて言ってませんったら。しますよすりゃいいんでしょ?でもまぁ子供じゃないんだから、来いと言われてハイと行けない大人の事情ってものがあるんです。解るでしょ?え、解らない?それじゃあ会津まで迎えに来て下さいよ。待ってますから……」
とまぁこんな調子で言うも言ったり。家康をからかい倒したのでした。
史実性には疑問があるものの、兼続を代表する名エピソードとして、多くのファンに愛されている直江状。原文の正しい訳については、また改めてじっくり紹介したいと思います。
二代目「茶屋四郎次郎」清忠について
有名な「鯛の天ぷら」エピソードは、三代目(二代目の弟)のもの(イメージ)
「あれ、茶屋四郎次郎(中村勘九郎)?お前たしか死んだ筈じゃ……」
多くの視聴者がそう思った事でしょう。そう、彼は二代目「茶屋四郎次郎」清忠。ちなみに先代は「茶屋四郎次郎」清延です。まったく紛らわしいったらありゃしません。
賑やかに登場し、世界平和のプロパガn……もとい万国泰平の理想を大演説した彼ですが、残念ながら家康よりも早い慶長8年(1603年)に亡くなります。
となると、三代目の存在が気になるところ……ハイご名答。家康の死因と噂された「タイの天ぷら」を献上したのが三代目「茶屋四郎次郎」清次(二代目の弟)です。
果たして登場するのでしょうか。多分すると思います。きっと、更に眉毛が太く描かれていることでしょう。
ちなみに家康が亡くなったのは4月17日、タイの天ぷらで腹を壊したのは正月ですから、直接の死因ではないようです。