タケモトピアノ広報が素顔を激白!財津一郎さん追悼「日本の喜劇人」爆笑伝説 (4/5ページ)
高速道路の途中で車から追い出し、置き去りにするなど、とにかく破天荒でした」(同)
多くの伝説を残してくれた、素晴らしき日本のエンターテイナーたちに乾杯!
■まだまだある!喜劇人の爆笑伝説
森繁久彌(1913-2009年)『徹子の部屋』(テレビ朝日系)の第1回ゲストとして呼ばれた森繁。彼からあいさつ代わりに「1回どう?」と誘われた黒柳徹子は意味が分からず、キョトン。
三木のり平(1924-1999年)本名は「三木則子」。女性と間違えられることが多く、戦時中の衣料配給では「ノリコさん、はいシミーズ」と言われ、「フンドシでないと困ります」と困惑。
林家三平(先代)(1925-1980年)ご存じ昭和の爆笑王。ふだんからイタズラやジョークが好きで、亡くなる直前の病床で、医師から「ご自分のお名前は言えますか?」と聞かれ、「加山雄三です」。
渥美清(1928-1996年)浅草の軽演劇出身だが、『夢であいましょう』(NHK)などでスターに。テレビ初出演時に、浅草の寄席の癖が抜けず、ステージ上で靴を脱いでしまった。