「どうする家康」最後はみんなで海老すくい…最終回放送「神の君へ」振り返り (5/10ページ)
前にそれがしも頂きましたが、それはもう風味のよいこと……」
面白い話を聞いた家康は大喜び。「たしか今朝、献上された鯛があったから、さっそくやってみよう!」と作らせました。
「うむ、確かにこれは美味い、美味いぞ!」
しかし75歳にもなって、日ごろ食い慣れぬ油料理をタラフク食えば、そりゃ腹を壊すのも無理はありません。
鯛が傷んでいたのか、それとも油が古くなっていたのか、あるいは食べ合わせの問題でしょうか。
とにかくその日は外泊予定を取りやめ、大急ぎで駿府城へ帰った家康。ちょっと休めばじきに治ろうと思ったのですが、思いのほか体調が回復しません。
これはいよいよまずいんじゃないかと危惧した家康は、近臣たちに遺言を伝え始めたということです。
一、東照大権現について
「人ではない……東・照・大・権・現!」
小栗旬扮する南光坊天海が力説していた家康の神号。えーと、それって家康の生前から決まってたんでしたっけ?(生きている内から死後は神格化することは既定路線だった模様)
確か金地院崇伝と権現号か明神号で争っていたのでは……。まぁ、『徳川実紀』の記述を見て見ましょう。
……御年のつもりにや日をふるにしたがひかよはくならせ給ひつゝ。四月十七日巳刻に駿城の正寝にをいてかんさらせ給ふ。御齢七十に五あまらせ給ひき。 将軍御なげきはいふまでもなし。公達一門の方々御内外様をはじめ。凡四海のうちに有としあるものなげきかなしまざるはなかりけり。