「どうする家康」最後はみんなで海老すくい…最終回放送「神の君へ」振り返り (8/10ページ)

Japaaan

恐れをもかへりみず聞えあげし不禮をもとがめ給はず。却て愚言を用ひさせ給ふ事たぐひなく有難し。これ全くゆくゆく天下をも御掌握あるべき。寛仁大度の御器量あらはれ給ひぬとて感涙袖を沾し。志ばしは其座を退く事を得ざりしとなり。……

※『東照宮御実紀附録』巻十九「鈴木久三郎決死諫家康」

長いのでざっくり説明すると、家康がまだ岡崎城にいたころのこと。

家康の鷹場(専用の鷹狩りフィールド。獲物がよく獲れる)や城のお堀で鳥獣や魚を密猟/密漁する家臣たちが相次いで捕らわれてしまいました。家康は処刑する気満々です。

そこで鈴木久三郎という家臣が決心して家康が大事にしていた池の鯉を盗み出し、ついでに信長から贈られた酒もかっぱらってしまいました。

当然、家康は大激怒。久三郎は名乗り出て家康を怒鳴りつけます。

「家臣よりも鳥や魚が大事か!そんなことで天下取りができるものか!」

言われてみればその通り、そもそも家臣たちだって、飢えていなければ密猟/密漁なんてしません。

家康は己の不明を恥じて久三郎を許し、それまで捕らえていた者たちも釈放したのでした。めでたしめでたし。

……というお話し。決して「どうしても鯉を食べたかったから、みんなでドッキリかましてお許しを得たぞワッショイ!」なんて安い話ではなかったのです。

こういう三河武士らしい偏屈さというか心意気を、全編通して魅せてほしかったと思います。

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