【賛否両論】大河ドラマ『どうする家康』を振り返り見えてきた3つの「どうする」まとめ (3/5ページ)
どうする何やかんや


徳川十五代将軍の祖となった家康。誰もが知っているであろうその結果に、どうして至ったのか。その過程(何やかんや)こそ、面白いのではなかろうか。歌川芳虎「徳川将軍家譜」
何やかんやでカニが崎……もとい金ヶ崎の退口。家康の武勇と義理堅さを一躍天下に知らしめた名場面中の名場面。楽しみにしていた視聴者は、筆者だけではなかったはずです。
もちろん家康の生涯は75歳と長いので、そのすべてを一年間で描き切るのは不可能でしょう。
だから「あのエピソードが端折られた」「この人物が登場しない」というのは仕方がありません。
ただ、それでも最低限ピックアップした方が、魅力の伝わるエピソードというものがあります。
少なくとも側室オーディションとか阿月=小豆マラソンといった本編に何の影響もない創作エピソードでつぶした回を思えば、実にもったいないペース配分でした。
その犠牲と言うべきか、肝心の主人公がどのように成長したのかが、その過程がほとんど描かれていません。
恐らく物語のテンポが悪くなると考えて、そういう地道でひたむきな努力は割愛されたものと思われます。
しかし「何やかんや」と端折られて言った、本編では描かれていない努力の積み重ねこそ、人生ドラマの魅力ではないのでしょうか。
例えば瀬名が死ぬまではひたすら泣き叫んでばかりだった家康が、(劇中では数年経ったとは言え)月代を剃ったらいきなり「信長を殺して天下をとる」と言い出したり。