「極楽は 敵を倒した その先に」徳川家康が詠んだ味わい深い和歌5選を紹介 (2/5ページ)
花のいろ春より後も忘れめや 水上遠き 瀧の志ら糸
※文禄三年二月廿九日 吉野の花見で
【意訳】今日見た花の色は、春が過ぎても、いつまでも忘れることはないでしょう。遠くから流れる白糸の滝と共に。
……文禄3年(1594年)2月29日、豊臣秀吉に随行した吉野の花見で詠んだ歌です。「殿下と共に見た桜の美しさを、私は決して忘れません」そんな喜びを伝えたかったのでしょう。
なお「忘れめや」とは「忘れることがあるだろうか。いや、ない」という表現で、感動が強調されますね。
眼をわずらい、秋葉大権現に願かけ明らかに 東を照す 御ひかり
ちかひをわれに 譲り給へや※慶長二年正月、眼病を患った折、遠州秋葉東照山平福寺に御願書を奉る
【意訳】東国を明るく照らす秋葉大権現さま、どうかその御威光と使命を私にお譲り頂けないでしょうか。
……時は慶長2年(1597年)正月、家康は眼病を患ったそうで、その平癒祈願に秋葉大権現をお詣りしました。その時の歌だそうです。
東を照らすという言葉が死後に贈られた東照大権現に通じるものを感じます。この時に譲られた「ちかひ」を生前から意識していたのかも知れませんね。
