ビートたけし「伝説の超過激番組」放送禁止な舞台裏 (3/11ページ)

日刊大衆

水道橋博士玉袋筋太郎が入った発泡スチロール製の巨大サイコロを、スキー場で転がして丁半博打をするんですが、玉袋のサイコロが谷底に落下し、玉袋は気絶したそうです」(民放テレビ局員)

 ダンカンは「『ガンバルマン』が、その後の番組の原点」と語る。

「最後の大ネタのために、小さなボケを積み重ねる集団芸が完成されたんです」

 この後の番組では、たけし軍団のコンビネーションで土台を作って、他の芸人がオチを任されるケースも増えている。

◆ダチョウ俱楽部の熱湯風呂

『ガンバルマン』で軍団と対決したダチョウ俱楽部は、『熱湯風呂』を自分たちの持ちネタにまで昇華した。リーダーである肥後克広はこう語る。

「軍団の皆さんはリアクションのパターンを確立されてたので、僕らはコントの仕組みを持ち込んで対抗するしかなかったんです。“押すなよ、押すなよ。絶対に押すなよ!”で押す……とかね。後に、たけしさんから“熱湯風呂と熱々おでんを芸にした”と褒められたときは嬉しかったですね」

■天才・たけしの元気が出るテレビ!!ダンカンが放送作家デビュー

 85年に始まった『天才・たけしの元気が出るテレビ!!(日本テレビ系)では、ダンカンが放送作家としてデビューもしている。

「たけしさんは初回の収録内容にブチギレて“ダンカン、おまえがくだらないことを考えろ”と、僕を放送作家に入れたんです。

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