藤原道隆の死により中関白家の没落が始まる…大河ドラマ「光る君へ」4月28日放送の解説・振り返り (4/6ページ)
史料上の名前は寝殿上(しんでんのうえ)。三の君とも呼ばれました。
彼女の妹である四の君(しのきみ)は花山院(本郷奏多)の愛人で、そのことから後に大騒動(長徳の変)が勃発します。
今回は名前だけの登場でしたが、これから登場するかも知れませんね。
三の君について、その存在を頭の片隅に収めておいて損はないでしょう。
正暦から長徳に改元
道隆の進言により、正暦(しょうりゃく)から長徳(ちょうとく)に改元されました。時に正暦6年(995年)2月のことです。
長徳という元号は、前漢末の文人・揚雄(よう ゆう。字は子雲)が記した『城門校尉箴(じょうもんこういしん)』にあるこの一節に由来します。
唐虞長徳、而四海永懐(とうぐとくながく、しこうしてしかいしたしむ)
※揚雄『城門校尉箴』より
唐虞(とうぐ)とは古代中国の聖帝と伝わる尭帝(ぎょうてい。陶唐氏)と舜帝(しゅんてい。有虞氏)のこと。二人まとめて唐虞と呼びました。
つまり「古代の聖帝二人は徳を長らえた=徳の高い政治を行ったため、四海=天下万民はみんな仲良く平和に暮らせた」という意味ですね。